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札幌高等裁判所 昭和42年(う)290号 決定 1968年3月29日

被告人 W・I(昭二五・四・一生)

主文

本件を釧路家庭裁判所に移送する。

理由

本件控訴趣意は、札幌高等検察庁検察官検事小西真一郎提出の控訴趣意書記載のとおり(量刑不当)であり、これに対する答弁は、弁護人藤本昭夫提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれも引用する。

以下職権によつて案ずるのに、記録によれば、被告人は、約一年二月の間に延べ一一名の女性を夜間主として路上に襲い、強姦致傷二件強姦未遂八件強盗窃盗住居侵入各一件の犯行を重ねたものであり、もし検挙されずに済んだならばさらに同種犯行を累行しただろうことを疑い得ない。その手段も、あるいは刃物を用い細引を用い、首を絞めつけ顔を踏みつけるなど、しかもそれが犯行を重ねるにつれてますます兇悪粗暴の度を加えていつたことを見逃せない。被害者はもとより地域住民に与えた恐怖は、推して知るべきものがある。これら犯行の罪質規模態様影響にかんがみれば、被害者の抵抗にあつて姦淫の点がすべて未遂に終つたこと、被告人に前科前歴がないこと、被害者の殆んどが宥恕の趣旨の書面に署名したことを斟酌してもなお、罪責を極めて重いものとしなければならないのは確かである。

問題は、被告人が最終犯行時一七歳、現在漸く一八歳を迎えようとする少年だという事実であろう。そこで社会調査記録によれば、被告人には強い性格偏倚があり、その矯正によつて更生を図るためには在宅処遇を期待できず、施設収容によるほかないことが既に認められ、また家庭内外における指導監督態勢も頗る不十分なものであることがうかがわれるのである。

以上のところをあえて図式的に包括すれば、より刑事責任主義的見地からすると本件において、とうてい実刑を免れず、ひるがえつてより保護主義的な見地を強調し保護処分の範囲で処遇しようとすればさしあたり少年院収容以外に方途がなく、いずれにしても被告人を在宅のまま遇することは失当だということであり、ここにおいて、被告人に懲役刑の執行猶予をもつて臨むことが、ことを実質的に考える限り、いわば右二原理の調和を図るべくしてかえつてそのいずれにも背く不当な結果になることを看過できない。

むしろ、被告人が平均的な知能を持つ可塑性に富む年齢であり、本件はこの年代層に特有の精神的な動揺期における情緒不安定と性格偏倚に起因する自己統制の未熟さのため生じた非行であつて、また保護処分歴もなく成人に達するまでなお二年の保護可能期間が残されていることから考えて、保護処分によつて被告人の更生を図ることもかなり期待してよい事情にあること、ならびに既に一審の刑事手続を経て事実が明らかにされ、その罪責に対する司法的判断も示されたことにより、前記の刑事責任主義的要請の一面もある程度みたされたこととを考え合せるならば、いまはあえて本件を家庭裁判所の措置に委ねるのが、かえつて高次の刑政の目的に沿う所以であると認められる。

よつて少年法第五五条により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤勝雄 裁判官 黒川正昭 裁判官 柴田孝夫)

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